気をつけること

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あせらず、あわてず、背伸びをせず、等身大。

気高い心、穏やかな心、おちついた心でエネルギー(思い)を集中する。

気を乱さない。敏感と鈍感の使い分け。

素直な気持ちを大切にする。

アウェイで勝つ。投げ出さない、あきらめない。

自分がしてほしいことを他に行う。自分の時間を他のために使う。

 

 

人間

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人間は自家発電するシステムだ。

 

刺激があることで反応し自家発電し稼動している。

 

燃料はごくごくわずかな食料でよい。

 

究極のエコは人間そのものだ。

 

 

未来を作る2

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今瞬間の現実事実は未来の原因であるということは、前述しました。

今は確実に放射的に未来につながっています。

だから、

「現実事実」+「ふりかけ」で、未来は「事実から作用する未来」+「ふりかけから作用する未来」となります。

ふりかけは仕掛けです。プラスに作用する仕掛けをすることで大きくプラスの未来がもたらされ、マイナスに作用する仕掛けをしてしまうと大きくマイナスの未来がもたらされます。

ビッグバン

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いろいろな人の小さな0→1を継続し続けてて大きな原因となっていく。

0→1とは人の心の動き、変化。

心の動き・変化は小さなビッグバンであり、自然のエネルギーを生んでいる。

たとえば平常心から喜びに変わるとき、その人の中では小さなビッグバンが起きている。

小さな喜びの積み重ね。小さな頑張り達成感の積み重ね。

これを繰り返し・継続することで喜びや満足が増幅し続けることのよって持続する。

繰り返し・継続することが原因となる。

経営ってそういうことを関係する人にもたらし続けることだ。

好きなときにはじめればいい。いつだっていい。明日でもいい、今日でもいい、今でもいい。

やり始め、やり続けることだ。

すべては自分が原因

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雨が降っても、地震にあっても、車をぶつけられても、業績が上がらなくても、

好ましくないと思う事象のすべては自分が原因です。

法律上の責任ではなく、その事象に対する自分の気持ちの原因は自分であるということです。

平たく言うと、上記のような事象が起きて、いやだなと思うのは自分のせいだということです。

いやだなと思わないように用意しておくことで、普通いやだなと思う事象に対して「いつでも来い」と思えるようになります。

要は、気の持ちようと洞察と用意です。

力を一生懸命入れてもうまくいかず、
力を抜くとうまくいくときがあります。
欲しているのに手に入らず、
欲していないのに手に入ることもあります。


これは、表面的な自意識が、自分の潜在的な「思い」に反抗していると、
力をい入れてもうまくいかずに、欲していても手にはいりません。

自分の潜在的な「思い」は大変強く、環境や境遇を作り出しており、
それが「誤った思い」ならどんなに力を入れてもうまくいきません。
エネルギーを浪費するだけです。

それが「正しい思い」なら、
力を抜いて自意識を協調するだけでうまくいきます。

まずは自分の潜在的な思いを正しいものにすることが必須で、
その後は力をいれずとも思ったとおりになります。

心を洗浄し、卑しい利己的な思いを排除し、
知恵、忍耐、勇気、思いやりと愛に満たせば、
思ったとおりになります。

力のいれどころは自意識ではなく、
潜在的な思いを正すところに入れるべきです。

時間

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時間は、とても大切です。

心を落ち着かせ、思考をめぐらし、人生の過去と未来の大きなつながりや小さなつながりを整理する時間が大切です。

意識を落ち着かせ潜在意識に語りかける時間が大切です。

無理に何をするのでもなく、こころを落ち着かせる時間が大切です。

朝ならば自然と、今日を予測し、今日の準備をし、効率的にことを進めるために物事のプライオリティや意識を整理する時間は大切です。

夜ならば自然と、リラックスして、今日を振り返り、良かったこと、反省することを整理し、また、本を読んだり、思考をめぐらしたりする時間が大切です。

一人になれて、誰にも邪魔されず、無理に何をしなければならないという拘束された時間ではなく、自分自身で独占できる時間をもちましょう。

思いを整理したり、思いを集中したり、思いを巡らせたりするのには、時間が必要です。

時間は、誰にでも平等に与えられていますが、思い整理の仕方、思いの集中の仕方、思いの巡らせ方次第で、時間を超えて、物事をコントロールすることができます。

潜在意識

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意識には表面意識と潜在意識という意識の層があるそうです。

表面意識よりも潜在意識のほうが圧倒的なパワーを持っています。

たとえば、あがり症の人が人前で赤面したりするのは、表面意識では上がるまい上がるまいと意識するのですが、心の深くにある潜在意識に何かトラウマのようなものが刻まれた過去があり、潜在意識の力が強くて赤面してしまうのです。

同じように高所恐怖症も、幼少の頃高いところから落ちた経験などから潜在意識に強く刻まれたいやな経験から、高いところに行くと表面意識では別に怖くないと言い聞かせても潜在意識の力が強くて、足ががくがくしたり、冷や汗が出たりするのです。

たとえて言うなら人馬一体のようなものとよく似ています。人が表面意識で馬が潜在意識のようなものです。いくら人が抑えようとしても、馬のパワーのほうが強くて押さえ込むことができないのです。正しい人の思いと、パワーをもった馬が一体になることですばらしいパフォーマンスを発揮します。

潜在意識と表面意識のバランスがとても大事です。潜在意識と表面意識がちぐはぐであると、潜在意識のほうが勝ってしまいます。

幼いときは表面意識の層が薄く、なんでも潜在意識に吸収しやすいため、幼い頃の経験がとても大事です。大人になってからは表面意識の層が分厚くなり、なかなか潜在意識にいいものを取り込むのも難しくなってきています。

桑田投手が投げる前によく球に念じたりしている光景をみましたが、あれは潜在意識に投げるボールのイメージを埋め込んでいたのだと聞いたことがあります。表面意識で投げるのではなく潜在意識で投げるのです。

よくメンタルトレーニングとかマインドコントロールとか言いますが、いくら表面意識に知識をうわのせするより、潜在意識を正しいものに開拓することでものすごいパワーを発揮することができるのです。

心を落ち着かせる時間を1日10分でも30分でも持ち、潜在意識を正しい思いで満たすことです。

特に早朝は世の中の気が落ち着いているのでより効果的です。

ゴーイングコンサーン

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よく利益を出すことが企業の目的だといわれます。

確かに、通常事業会社は営利企業です。利益を出すことは善でマイナスを出すことは悪です。

利益を出さなければ給料も払えないし、次への新たな発展の原資も生み出しません。

しかし、利益を出すことが本質的な企業の目的ではありません。

「利益は、目的ではなく条件」だと思います。

この利益を出せない仕事はやらない、この利益を出す仕事はやるといった判断基準です。

利益を出さないということがそもそも約束されてはならないのが企業活動です。

利益が目的となるのはせいぜい投資家やオーナーの金銭的な価値の向上欲にほかなりません。

それぞれの企業はそれぞの崇高な役割と個性があって、利益を条件にその企業ごとの絶対的な判断基準を明確にし(知足)、他に貢献することこそ(利他)が、その存在価値を高めそして企業価値を高め、株主価値を高めることにつながるのだと思います。

決して株主価値を高めることが即終の企業の命題ではないということです。

企業には多くの利害関係者があり、偏りなくバランスをたもってこそ企業の価値が高まるのです。それぞのれ利害関係者が

それぞのれの節度ある利害関係を保ってこそ、良い法人企業(法の上での人格者)となっていくのです。

しかしながら一方的な株主立場の主張、一方的な債権者立場の主張、一方的な運用方針(経営方針)の主張は、バランスを崩し企業を崩壊せしめる結果に導きます。

投資家、債権者、経営者の利害バランスを相互に保つ努力をすることが互いに不可欠におもいます。

三脚の脚にたとえてそれぞれが同じパワーバランスでなければ三脚は傾き倒れてしまいます。

もちろんそこには第一義に、正直な現実と未来を創造する経営マネジメントがなくてはならないことは言うまでもありません。

人間は寿命があり時がくれば肉体が滅びますが、企業はゴーイングコンサーンです。

 

未来を作る

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瞬間を必死で生きると言うことを前に書きましたが、最近良く思うことがあります。

遠い先のことばかり考えて、足元の瞬間がちゃんと着地できていなければ、遠い先にも到着でない。ということです。

たとえば、幅10センチ長さ1Kmの平均台があったとして、落ちずに早く渡ろうとするとき、最初はゆっくり一歩一歩足元を見ながら足元を着実に着地させながら行きます。その着地の瞬間を確実に必死に捕らえようとします。

だんだん慣れてくると、2~3m先を見ながら足元は着実に着地できるようになりスピードも歩行できるくらいになります。それでも時々足元が着実に地に付いているか確認をおこたりません。

さらに進歩すると5~10mくらい先を見ながら小走りできるようになります。
それでも足元の着地を時々確実に確認します。

そうやって足元(瞬間)をしっかりと着地させとらえられていれば、徐々に先の未来が見えるようになります。

足元の瞬間の事実をとらえられていなければ、足元を踏み外しているので、いくら未来を語ったところでその未来には到達できません。

瞬間の事実を必死で確実に把握することで、確実な未来が作れるようになります。

だから今を必死に生きる必要があるのです。

自分

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自分は「こういう言う人間だ、こう言うところが良くてこういうところがダメで、、、云々」。

と自分のことを自分でを分析すると思います。良く観察してみると、そこには二人の自分が存在しています。

「こういう言う人間だ、こう言うところが良くてこういうところがダメで、、、云々」と「言っている自分」と「言われている自分」。

どちらが本物の自分なのでしょうか?

「言っている自分」が本当の自分であるはずです。

客観的な立場で言っている自分から、言われている自分は主観の塊であり、その主観にとらわれている自分は、真の自分ではないと思います。

本来、自分は唯一無二であり、主観にも客観にも支配されない真の自分があるはずです。

自分を正しくわかっている人は、他を惑わすことのない真実と勇気、誠実さと素直さと自由をもった言動になるはずであると思います。

本当(真)の自分を探求しましょう。

誉めて伸ばす

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私の人と接すつるときのポリシーは

「いいところを誉めて伸ばす」です。

だから人のいいところを探すのが得意です。

そして、仮に悪いところがあったとして、指摘するにも、サンドイッチ方式(誉める、指摘、誉める)を使います。

「○○さん最近もつらいことも否や顔せずがんばっててえらいよね、どんどん成長してる感じ。ほんと助かってるよ。」

「ところで、さっきのお客様からクレームだったようだけど、ちゃんと話がうまくできてなかったの?・・・云々・・・

だったら、最初に正直に話しておいてこういう風にしておけば問題ならなかったよね。」

「○○さんならきっとうまくいくよ。もともと正しいことが好きな人だから自分に正直にやればいいよ、大丈夫!期待しているよ」

という具合です。

悪いところを指摘して自己嫌悪に陥れるより、はるかに、建設的に人を向上心をもたせることが何よりチーム全体で建設的に飛躍させるコツだと思います。

間違いばかり指摘して、どするんだ!どうなってんだ!ばかりでは個人をダメし組織をだめにし、その場にいるのがみな嫌気をさします。

人のいいところを見つけのばし・悪いところを建設的に更正するのはテクニックではなく愛です。

いつでも好きなときに

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いつでも好きなときに行動を起こせばよいです。

期が熟したとか、まだ早いとか、そんなの関係ありません。

さらに、迷ったらやめればいいし、また、迷ったらやればいいし、どちらでもいいです。

思い立ったが吉日、即時、気が向いたらやればよいです。

それが自然です。それが実力です。それが真実です。

やったこと、やらなかったこと、言ったこと、言わなかったこと、すべて自分のせい(性・責任)です。

決して人のせいではありません。

自分の周りに起こる、すべての現象・環境・状況は、大きなものから小さなもの、身に覚えのあるものないもの、

すべて自分のせいです。

わかるかなあ、物質的な自分はくらげみたいな物だってことが。

実力

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正しく自分の実力を認識すると、失敗や過ちをおかす事はなくなります。

正しく自分の実力を認識しなければ、過大また過小に物事を判断し、行動し、その正しい実力との差異が生じ、失敗する可能性が高くなります。

正しい自分の実力を知り、認め、伸ばす努力をすることが大切です。

伸ばしていく努力をすることで、実力は成長し、大きな成果へ結びつきます。

実力に関係なく成果がもたらされたものはラッキーなだけで、別に実力があるわけでそうなったことではありません。

実力を伸ばすには地道な努力が不可欠です。そして地道にやっていれば自分で気づかないうちに実力がついています。

また、正しい実力に不相応な環境・境遇は、遅かれ早かれ、正しい実力に見合った環境・境遇をもたらします。

実力を地道に伸ばすには、正直に正しく素直にそして他のために生きてゆくことです。

集中

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人力をもって錐(きり)で分厚い革(たとえば5ミリ厚の牛革)を突き刺せば突き破れます。

同じ力で百針の剣山(けんざん)で同じ分厚い革を突き押しても敗れません。

一点集中とはこういうことだと思います。

 

意識を集中して思考を一点集中して出した(出た)「思いの塊=魂」こそが現状を打破できるアイデアだしプランとなります。

意識が分散し心も思いも分散していれば、現状を突き破れるような「鋭い思いの塊=魂」はアウトプットできませんし、実際、現実になりません。

真の思いは実現します。

心を真(慎清信新進伸芯親深心神)に落ち着かせ集中させましょう。

物理も真理も同じです。

明言素

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・充実している・簡単だ・できる・楽だ・金がある・まだ若い・可能だ
・努力します・試みた・幸せだ・元気だ・楽しい・きれいだ
・素晴らしい・やれる・イケル・おいしい・美しい・すてきだ
・やってみよう・おもしろい・利口だ・頑張ります

15年位前に、得意先の壁に貼ってあった言葉です。プラスの言霊で印象深く心に残っています。

心を明言素で埋め尽くせば自分を取り巻く環境が好転するはずです。

可愛い・かっこいい もよい言葉と思います。

素直だ・正直だ・誠実だ・勇気がある・気高い・清らか・優しい・愛してる もプラスの言葉でしょう。

いっぱいよい言葉で心と体を清めましょう。

 

うまくいくよ

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自分が人からされて嬉しいことは、たくさん人にしよう。

自分が人からされて嫌なことは、絶対、人にしないようにしよう。

 

正しい純粋な忠告は私にとってありがたいこと。たくさんしよう。

誤ったにごった忠告は私にとってありがたくないこと。絶対しないようにしよう。

 

いいところを誉められることは、私にとって嬉しいこと。たくさんしよう。

けなされることは私にとって嬉しくないこと。絶対しないようにしよう。

 

人から応援されることは嬉しいこと。たくさんしよう。

人から卑下されることは嬉しくないこと。絶対しないようにしよう。

 

人から尊敬されることは嬉しいこと。たくさんしよう。

人から馬鹿にされることは嬉しくないこと。絶対しないようにしよう。

 

笑顔で話されることは嬉しいこと。たくさん笑顔を振りまこう。

陰気な顔で話されることは嬉しくないこと。陰気な顔は絶対しないようにしよう。

 

人から好かれることは嬉しいこと。人を好きになろう。

人から嫌われることはいやなこと。人を絶対嫌わないようにしよう。

 

まだまだたくさんあるよ。嬉しいこと。どんどんやろう。

善因を生みつづけるってこういうことだよね。

人は自分の鏡だって言うけどその通りだね。

ただ

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「ただ」より高い価値はありません。

 

「値段」がついた時点で、その物はその値段になり「相対的な価値」が決まります。

その物の「値段」は人が決めたもので、高価なものから安価なものまであります。

その物自体の「絶対的な価値」より高ければ買う人が少ないし、低ければ買う人が多くなります。

買う人が多いということは「相対的な価値」があるということです。

「絶対的な価値」より人が決めた「値段」が安ければ安いほど「相対的な価値」が高いといえます。

その物自体に「絶対的な価値」があれば、「ただ」より高い「相対的な価値」はありません。

原因と結果の法則

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「今」は、「過去」のすべての「原因」により成り立っている「結果」です。

「過去」において、意識的にまたは無意識のうちに、行動したこと・行動しなかったこと、決断したこと・決断しなかったこと、知ったこと・知らなかったこと、思ったこと・思わなかったことの「原因」により、「今」の「結果」が成り立っています。

 

また、、、、、

 

「今」は、「未来」のすべての「結果」につながっていく「原因」です。

「今」において、意識的にまたは無意識のうちに、行動すること・行動しないこと、決断すること・決断しないこと、知ること・知らないこと、思うこと・思わないことの「原因」により、「未来」の「結果」が成り立ちます。

 

「原因」は、親や祖父母やその前の世代や更にその前の世代といった、遠くさかのぼった祖先から受け継いだ教えや思想も影響していますので、過去永遠と脈々と受け継がれている自分が生まれる前の「原因」をも含みます。

「結果」は、自分を取り巻く環境や人間関係や健康や経済や精神の状態など、自分の存在にかかわるすべての状況です。

「原因と結果の法則」はこの宇宙に脈々と流れる不動の法則です。すべて1対1で紐づいています。

紐は太いものもあれば細いものもあり、さらに、長いものもあれば短いものもあります。

 悪い原因(悪因)による紐は、悪い結果をもたらします。

良い原因(善因)による紐は、良い結果をもたらします。

この紐は、行、決、知、思により断ち切ることが出来ます。

「今」、必死で悪因を断ち切り善因を生み続けることで未来がよくなります。それをはじめたその瞬間から過去も未来も良くなります。

スパイラル

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発明(アイデア・プラン)→名誉→金→支配→経営→雇用→個人の幸せ→雇用→経営→支配→金→名誉→発明

 

発明(アイデア・プラン)→貢献(宇宙・地球・社会・業界)→経営→雇用→個人の幸せ→雇用→経営→貢献→発明

 

当然、前者は失墜・失敗していくスパイラルで、後者は昇天・成功していくスパイラルです。 

前者は、名誉や金がそのアイテム(目的)となってしまっています。

後者はその輪の中で、名誉や金は勝手に存在しています。

名誉やお金はそのスパイラルの中でみんなの役に立つみんなものです。

「故郷」

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高野辰之作詞・岡野貞一作曲

兎(うさぎ)追いし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今も めぐりて、
忘れがたき 故郷(ふるさと)

如何(いか)に在(い)ます 父母
恙(つつが)なしや 友がき
雨に風に つけても
思い出(い)ずる 故郷

志(こころざし)を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷

正直の頭に神宿る

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私は、「正直に素直に話せば伝わらないことは無い、必ず相手に伝わる」と信じています。

下心や恣意性や、相手からの思われ方を気にした不純な言葉は、人を惑わします。

本当に正直に話せば伝わります。伝わらない時は、自分の思いに曇りがあるからです。

清らかに素直に正直に話す言葉ほど強い言葉はありません。それは真実だからです。

「正直(しょうじき)の頭(こうべ)に神宿る」

人にはいつか必ず神様の助けがある。神様は正直な人を守護し給(たま)う。

力を抜いて素直に正直に話すことはとても勇気がいりますが、それだけにとても強い言霊となります。

真実主義

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今を必死で生きるということは、今を必死でわかるということでもあります。

今を必死でわかるということは、前後・左右・上下・四方八方全方位、

さらには長短・深浅・重軽そして強弱に今の自分の置かれている立場を現実わかるということです。

今の自分が生かされている現実(=自分の立ち位置)、すなわち真実を体得するということです。

その真実には本来ストレスがなく、力をいれずともとても清らかに澄んでいてとても自由(何の力にも支配されていない)です。

今とても力が入り緊張が続き正常な判断力が欠けているような精神的ストレスを抱えているような状況ならば、

それは、正しい真実を体得しておらず「自分の立ち位置」を理解していないからです。

体得していれば、そのような状況そのものが「自分の立ち位置」から逃げ出していき、「自分の立ち位置」にふさわしい状況に必ずなります。

そしてその正しい「自分の立ち位置」がわからなければ、どちらの方向に一歩を踏み出していいかもわかりませんし、踏み出す一歩はいつも誤りを含んでいます。「うそを隠すためにさらにうそをつく」もこの類でしょう。

このことに気が付けば、正しい立ち位置から力をいれずとも、素直で正直な正しい一歩が必然と踏み出し、

必要なときに必要なものを欲し、必要なときに必要な恵みがあります。

その偽りのない真実の立ち位置からすべての正しい一歩が始まリ正しい成功があるということです。

世の中、成功を賞賛するきらいがありますが、偽りのない真実の立ち位置からはじまる正しい一歩の行いはすべてが必然の結果を生みます。

この結果を「成功」と呼ぶならば「成功」は正しい行いの必然の結果です。

この立ち位置が偽りであれば、すべて歩み出す一歩は偽りからはじまり、どこに行くかわかりません。

 

宇宙・地球・世界・国家・社会・経済・資本・労使いろいろとさまざまな人間関係を支配する主義があります。

その根本的な秩序の素は真実主義だと思います。

素直に正直に真実を見つめ、認めることから。

素直に正直に真実を相手に伝えて、伝わらないことは何一つ無いと確信しています。

真実は相手に必ず伝わります。

馬鹿

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馬鹿に塗る薬はない。

失敗

「失敗は成功のもと」とか「失敗はたくさんしたほうがいい」とよくいいますが、できれば失敗はあまりせずに成功できればそれに越したことはないです。

けれども、成功への近道はありません。

意識的や無意識のうちに行ったことあるいは行わなかったことにより、失敗もすれば成功もします。

失敗をすれば同じ失敗をしなくなります。

だからたくさん失敗すれば、たくさん失敗しなくなり、いずれ成功へ近づいていいきます。

勘違いしてはいけないのは、失敗したからといって必ず成功するのではなく、失敗しなくなるだけです。

さらに大事な肝は、ちゃんと「失敗を認め反省する心」がその失敗から生まれなければ同じ失敗を何度も繰り返し、成功へは絶対にたどり着けません。

10年前の自分

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10年前の自分が時々現れて、今の自分に聞くんだ。

俺(10年前の自分)よりおまえ(今の自分)は燃えてるか?と。

おおー!

後輩の指導

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33歳のころ、会社のたくさんいた後輩たち(150人くらい)にいつも言っていたことがある。

 

社会人になって、はじめの2年は先輩から言われることを100%キチンとやれ。はじめて社会人になって何でも教わることばかりだから、失敗もたくさんしろ。120%やりつづければ成長はもっと早い。けれど言われたことを80%くらいしかできない人がほとんだ。心配するな。

 

次の3年は自分の仕事は自分で作れ。人から言われてはじめて体が動くとか、人から指示されないと動けない、指示待ち人間になるな。勉強が足りない証拠だ。向上心が足りない証拠だ。

 

社会人になって5年経てば、こんどは人に仕事の場を作ってやれ。人を指導し導けるように努力しろ。人を動かせるようになれ。権力や上下関係やプレッシャだけでは人は動かない。感動させて人を動かせ。

 

と言いつづけていた。

人生の決意

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27歳のときに「人生の決意」をしました。

 

「一分一秒を必死に生きる」

とにかく正しく謙虚にひたすらひたむきに。

そうすれば、共感を呼び、人に感動を創り出し、組織や社会や世の中が善意に走り出す。

 

「一生勉強し続ける」

とにかく無償に勉強すること。今でもかわらず。

ひとつのことに集中して極めると、どんどん相乗して相関しているいろいろなことがわかってきて、わかっていることとわかっていないことがはっきりわかってきて、はっきりわかっているわかっていないことに集中してわかるように努力すれば、わかっていないことがわかるようになるスピードは光よりも早く、そしてそのすざましいスピード(エネルギー)は、物事を創造し、物質を創造し、思いを実現することができます。

 

そして

「40歳で自利利他の実践で身を世に投げ出す」

果たして、、、、

本物

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船井幸雄さんの本物の定義。

1.付き合うものを害さない。
2.付き合うものを良くする。
3.高品質で安全。そして安心できる。
4.単純しかも万能である。
5.経済的である。

私も本当にそう思う。

幸せ

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幸せとは、

「よい心へと自発する心の連続状態」

だと思います。

 

人生とは、

「よい心へと自発する心の連続状態への営み」

だと思います。

 

良い心とは、

「無限の高み」

だと思います。

 

自燃性

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稲盛和夫著はその著書「生き方」のなかで次のように述べています。

物事をなすには、自ら燃えることのできる「自然性」の人間でなくてはなりません。
私は、このことを「自ら燃える」と表現しています。

 ものには3つのタイプがあります。
①火を近づけると燃え上がる可燃性のもの
②火を近づけても燃えない不燃性のもの
③自分で勝手に燃え上がる自燃性のもの

 人間のタイプも同じで、周囲から何も言われなくても自らカッカと燃え上がる人間がいる一方で、周りからエネルギーを与えられてもニヒルというかクールというか、冷め切った態度を崩さず、少し真燃え上がらない不燃性の人間もいます。能力は持っているのに、熱意や情熱に乏しい人といってもいいでしょう。こういうタイプはせっかくの能力を生かせずに終わることが多いものです。
 組織的に見ても、不燃性の人間は好ましいものではありません。自分だけが氷みたいに冷たいだけならともかく、時にその冷たさが周囲の熱まで奪ってしまうことがあるからです。

ですから私は、よく部下に言ったものです。

「不燃性の人間は、会社にいてもらわなくて結構だ。君たちは自ら燃える自然性の人間であってほしい。少なくとも、燃えている人間に近づけば、いっしょに燃え上がってくれる可能性の人間であってもらいたい。」

云々・・・・・・・

先にこのブログで書いた水五訓の最初の三訓と同じことを言っているように思います。 

 一つ、自ら活動して他を動かしむるは水なり
 一つ、障害にあい激しくその勢力を百倍し得るは水なり
 一つ、常に己の進路を求めて止まらざるは水なり

表現は違うにしろ真理は同じように思います。

宿命

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人は、生まれてきたとき意識がありませんが、「願い=愛」があって生まれてきています。

生まれてくるとき、すでにこの世に生きている人から、「健康でありますように」、「素直で正直で正しい人になりますように」、「人にためになりますよに」、と願われて生まれてきています。

「不健康で早く死にますように」、「ひねくれていて不正直で悪の道を歩みますように」、「人に害を与えますように」と願われて生まれてきた人は、この世に一人もいません。これは私の確信です。

「生まれたきたこと=生」は、生まれきたものに「願い=愛」を与え、生まれてたものは与えられたことに「感謝」をします。

「生」は「愛」と「感謝」を生むもので、三つでひとつで、これは脈々と流れる、宇宙の力だとおもいます。
それを壊してはいけないと思います。
「愛」と「感謝」を、大事に懐に入れて生き続けていくことが宿命だと思います。

この人生を大事に生きよう。

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欲求の段階を心理学者のA.H.マズロー(A.H.Maslow)は5段階に分けて解いています。
ある階層のレベルの欲求を満たすと1段階上の欲求に駆られるとしています。

階層の底辺から、
『1生理的欲求』→『2安全の欲求』→『3親和の欲求』→『4自我の欲求』→『5自己実現の欲求』の順で欲が満たされると次の欲へ上昇していくと解いています。

私は、必ずしも一段階のものが満たされると次へというわけではなく、多元的にこれらの欲求は現れ、その欲求が満たされると強く欲求しなくなり、次の欲求を強く欲求するという理解をしています。

1の生理的欲求は、最も基本的で強く、最初に求めるものは、生きていくために必要な、食物、水、空気、性といった生理的な欲求で、私たちはだいたいこれらは意識しないうちに生後6ヶ月くらいまでにすでに満たされ、その満たされている状態が習慣化していると思います。しかし、それが満たされない状態に陥ると渇望してしまいますよね。

2の安全の欲求は、安心感や心地よさ快さを欲し、危険を排除しようとする欲求です。非常に生理的欲求に近いものですが、生存していくだけのうえでプライオリティは生理的欲求より低いものだと思います。赤ちゃんは、意識せずに、感触で心地よいものを欲っし危険を嫌います。
これも日本人はおおよそ満たされていると思います。

3の親和の欲求
生理的・安全的に満たされると、それらはあまり魅力的ではなくなり、親や仲間からの愛情を欲しがるようになります。幼稚園から小学生くらいに強く欲求が生まれると思います。多くの動物はここまでの欲求でとどまるのではないかと思いまが、頭のいいサルや犬は次の4の欲求まであると思います。

4の自我の欲求は、自分を認めて欲しい、評価してほしい、自分に自身が持ちたいと思う欲求で、私たちの大半はこの動機・欲求に基づいて行動していることが多いと思います。
自尊心を養うことはとても重要になってきますが、完全に満たされている人は少ないと思います。

物質的なものを所有することでこの欲求を満たそうとする人がいますが、その所有している物質が評価されるのであって、その人自身が評価に値するかどうかという本質がわからない人にはこの欲求はいつまでも満たされないでしょう。また、完全に満たされないまま、次の欲求もちらほら顔を見せだします。

5の自己実現の欲求は、自分の潜在能力、可能性を発揮し、創造的活動や自己の成長を追求する欲求です。真・正義・美・全体性・躍動性・独自性・必然性・秩序・単純さ・無碍・楽しみ・自発性・利他といった質が重要になってくると思います。
人間には、自分にしかできない固有の生き方をしたい、自分の可能性を最大限に実現したいという欲求があり、前述の4つの欲求を基礎に出現します。

各欲求が満たされている人数層を図示すると下記のようになると思います。

maslow.jpg

いえることは、
優秀な人ほど,この欲求の段階を駆け上がるのは早いということ。

自己実現を果たし自己超越の域に達する人はきわめて少ないこと。

数多くの人が階段を踏み外し、上層の欲求レベルに上昇できずにいること。

自分がどの欲求段階まで満たされているか確認してみましょう。

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私がよく言うことばの一つに、「私は頭は悪いが、心がいい」というのがあります。
それを言うとみんな、笑って感心してくれます。

「心がいい」とはどういうことでしょうか。
真実の心
正直な心
素直な心
学びの心
感謝の心
反省の心
正義の心
信じる心
やさしさの心
激励の心
ほめる心
謙虚な心
協調の心
利他の心

などの[心そのもの]を[よりそうなるように意志を持って磨き続ける]ことで
心がよくなっていくと思います。
そうすれば勝手によい心へと自転しだします。

心を磨きましょう。

人生の方程式

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人生・仕事の結果=[考え方]×[熱意]×[能力]

京セラの会長の稲盛和夫さんの名言です。
これらは足し算ではなく掛け算で成り立っています。


[能力]は、才能や知能で先天的な要素です。健康や運動神経もこれに当たります。

[熱意]は、事を成そうとする情熱や努力でのことです。自分の意思でコントロールできる後天的な要素です。
[考え方]は、心のあり方、生きる姿勢、哲学、理念、思想を意味します。
[情熱]と[才能]は0点~100点で、[考え方]は-100点~+100点でプラスもマイナスもあります。

いくら燃えるような[情熱]や人にはまねできない[才能]があっても、
[考え方]がマイナスなら、答えはマイナスとなり、不祥事や事件も起こすでしょう。
だから考え方がとにかく大事ということです。

必死で生きる

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瞬間を「必死で生きる」と先に書きましたが、必死に生きるとはどういうことでしょうか。

「必死で生きる」とは、善因(原因)を生み続けることだと思います。

善因は、健康に、素直に、正直に、正しく、他の役に立つように、
想いを張り巡らし行動をし続けることで生み続けることが出来るとおもいます。
かなり単純なことですがこれだけです。

この毎日を必死に生きよう。

瞬間

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27歳のときに「人生の決意」をしました。
今でもその行動指針ひとつに「一分一秒を必死に生きる」というのがあります。

「今を生きる」とよく言いますが、「今を生きる」の「今」は「瞬間」のことだと思います。

「瞬間」は「未来」と「過去」の境目で、その「瞬間」の「ちょっと先の瞬間」を必死大切に生きて生きて生き抜けば、その瞬間は瞬時に過去になって行き、自分の過去は、最高の過去になると思います。
そして決して悔いや後悔のない人生になるのだと思います。

だから私は一生懸命「一分一秒を必死に生きる」努力をしています。
あんまり先のことを考えすぎないで、今のこの一分一秒、そしてこの瞬間を一生懸命生きるようにがんばっています。


私の過去は、失敗もありましたが、すばらしい過去だし大切な過去だし、後悔とか悔いとかあまりないです。

ほんとにその瞬間に必死で生きていれば、たぶん過去も未来もすばらしいものになると思います。

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夢=未体験=好奇心=探究心=向上心=誰も抑えられない無限のパワー

「経験したこと」は、すでに過去であり、体得した知恵であり知識であり、
それを追い求めることは「経験の追想」に過ぎないと思う。
「過去」を追い求め、苦渋し苦労しているが、それで生きがいがあるのか?

小さい頃、無知で何でも疑問に思い好奇心に満ち溢れ、何でも知りたいと自然にわいたパワーは、「夢」の力に他ならない。
夢(=未体験)への思いこそ自然にわきあがる底知れぬパワーであり、
生きる活力であり好奇心であり探究心であり向上心であると思う。

「過去」を追い求めるのか、「夢」を追い求めているのか、、、、、、
「過去」であれば、もうすでに人生の枠は「経験」の中に収まってしまっていて、
新しい判断力や新しい価値観や新しい向上心は生まれない。

本当の「夢」は、未知で、好奇心を駆り立て、向上心を奮い立たせ、いてもたってもいられなく、
無限の前向きのパワーを持っている。
本当に「夢」を追いかけているか?!子供のときのように「夢」を持っているか?!
「経験の追想」を「夢」と思い込ませていないか?

水五訓~黒田如水

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【名言】水五訓(水五則)
 一つ、自ら活動して他を動かしむるは水なり
 一つ、障害にあい激しくその勢力を百倍し得るは水なり
 一つ、常に己の進路を求めて止まらざるは水なり
 一つ、自ら潔うして他の汚れを洗い清濁併せ容るるは水なり
 一つ、洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり
     雪と変じ霰と化し疑っては玲瓏たる鏡となりたえるも其性を
     失わざるは水なり

この水五訓は豊臣秀吉の知恵袋と言われた黒田官兵衛(黒田如水)の教えで、
わたしの好きな格言です。

以前は、ダイナミックな

 一つ、自ら活動して他を動かしむるは水なり
 一つ、障害にあい激しくその勢力を百倍し得るは水なり
 一つ、常に己の進路を求めて止まらざるは水なり

が、とても好きでしたが、最近ではスタティックな

 一つ、自ら潔うして他の汚れを洗い清濁併せ容るるは水なり
 一つ、洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり
     雪と変じ霰と化し疑っては玲瓏たる鏡となりたえるも其性を
     失わざるは水なり

がとても気に入っています。また、そのバランスが大事ということも教えてくれます
。「水」の部分を「人」に置き換えても意味の通じる教訓となります。
松下幸之助さんも「水のように」とおっしゃっていましたが、私も「水の如く」生きたいと思います。

水五訓は福井県永平寺に掲示されているそうです。いつか行ってみたいです。

自利利他

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自利とは利他をいう。私が社会人になって最初の会社の社是でした。
利他の実践そのものが自利であるという教えです。
私の好きな言葉で、生き様の根本的な理念ととらえています。
このように生きれたらいいなと思っています。